平成22年2月16日火曜日

グラミンの10の指標と社会価値の測定、成果主義の考察

最近ソーシャルストックマーケットや社会価値の測定、活動の成果主義に関して考察をするうえでグラミンの「貧困から抜け出したと考える10の指標」を引用しているので、そのことをまとめます。

まずグラミンの10の指標を「貧困のない世界を創る」ムハマドユヌス著 早川書房より

1.銀行のメンバーとその家族が、トタンの家か、少なくとも2万5000タカ(およそ370ドル相当)の価値のある家に住んでいること。家族が床ではなく、簡易ベットか寝台に寝ていること。
2.メンバーとその家族が掘り抜き井戸、沸騰させた水、あるいはミョウバンや浄化タブレット、ピッチャーのフィルターを使って浄化した、砒素を含まない水を飲んていること。
3.身体的、精神的に的確な6歳以上のメンバーすべての子供たちが、小学校に通っているか卒業していること。
4.メンバーの最小の毎週のローン分割返済額が200タカ(およそ3ドル)であること。
5.すべての家族が、衛生的で清潔なトイレを使用すること。
6.全ての家族が、冬服、毛布、および蚊帳地を含む、生活上の必要性にふさわしい衣服を持っていること。
7.家族には、もし困った時に頼るための菜園か、果樹など、収入の追加源があること。
8.メンバーが貯金口座に5000タカ(およそ75ドル)の預金残高を維持していること。
9.メンバーに年間を通じて1日3度の充分な食事を家族に食べさせる能力があること。
10.全てのメンバーの家族が、自分たちの健康について意識しており、病気の場合には適切な治療のために即時に行動を起こすことができ、医療費を支払うことができる。

以上がグラミンの人々が貧困から抜け出したと考える10の指標です。


ユヌスはこの指標を紹介するときに各々の地域と現状に合った貧困の定義をする必要を説いています。

”…私はこれが国家間の経済水準、文化的習慣、生活水準の多様化の自然な結果だと考えている。国際比較をしようとする学者にとって、一貫性の面では不便でもあるかもしれないが、最も重要なことは、現地の支援スタッフにとって実用的な定義を思いつくことだ。” (pp.184)

ちなみにこんな記事も最近twitterで回ってきました。ただ記事の中でこの10の指標とキャリアミッションを比較していますが、あまりにも具体性が違う点は問題ではとも思いました。


以下は考察です。この10の指標から貧困問題における社会価値の計測とその応用について。考察は本の内容とは直接関係ないのでご了承ください。


こうした指標を具体的に設けることの意味はその成果を独自の尺度で測ることができるという点です。この具体的に現地の現状をもとに組まれた指標は、その現状特有の指標であることに注視しなくてはいけません。この指標を他の貧困と呼ばれる地域に持っていけるかというと、部分的に示唆を与えてくれることはあっても、全てを応用することはできません。場所と解決したい問題の現状によって指標は変わってくるのです。

このように具体的な指標を与えることの利点は二つあると思っています。まずは現場での成果主義としてメンバーの活動の評価を行えることです。このように具体的な指標は、活動のoutcomeを測定した結果を比較することを可能にします。これはあいまいである社会価値の創出において一人一人のメンバーの成果に関して視覚的な評価ができる。(もちろん指標の達成が目的となり、手段が目的化するというジレンマもあるのですが…)


二つ目の利点が今回注目したい点です。グラミンの10の指標のように具体的な指標を作ることはその組織の外からその組織の活動を評価することを可能にする点です。これは今後社会的価値の測定とそれに基づくソーシャルストックマーケットや社会性を含めた新しいお金の流れの制度設計に役立つでしょう。

社会的価値に単一の基準を与えることは可能でしょうか??僕はできないと思います。できてもそれは金融資本の評価システムとは全く別のものになるでしょう。それはユヌス氏が説かれることと同じく、その現場ごとに直面する課題が違うことが大きな理由です。また組織の能力と規模にも違いがあることも挙げられます。現場と自身の能力を理解し、そこに自分で指標を作りそれを公表していく。このプロセスをより具体的にしていくことで新しい仕組みの構築につながるのではないかと思っています。

社会的価値の創出を目指す組織(企業やNPOという区切りはない)がおのおのグラミンの10の指標のように自身の成果を測定できる指標を作り、それを支援者や投資者に公表する。外部の格付け機関は指標とその指標に対する成果をもとに一律となる格付けなどを行うことはできるかもしれない。

そして出資者をひきつけるために、指標の目指す活動内容を出資者に理解してもらうことが必要になる。それがこれから増えていくであろう市民の「啓発」というプロセスになるのだと思っています。なぜこの指標の達成が必要なのか。なぜこの取り組みは社会的に必要なのか。こうした理解を出資者に促すことも必要となり、これが企業にとってはPRといわれるものにポジティブに代替していくと思うのです。

もし人々の社会的意識を組み込んだお金の流れを作るのならば、単に社会性を消費することで成り立つ仕組みではなく、出資者側の社会問題への関心と理解を促進する仕組みでないといけない気がするのです。環境分野ならばいいのですが(もちろんよくないのですが)、特に貧困問題、BOPビジネス関係ではこの考えは重要でないかと思っています。「自分の出資したお金が貧困問題の解決に使われている」という満足からお金の流れができることはそれで素晴らしいのですが、これが「自分の出資したお金が~の~といった問題に使われて、この問題の背景には~があって、~に留意しなくてはいけない」といったように、出資者の社会貢献意欲に理解と考察を促すようにしなくてはいけないと思うのです。社会的投資の仕組みや、寄付の簡易化で社会貢献へのアクセスは簡単になりましたが、相手にしているのは「貧困」であると同時に「人間」です。単なる無関心な善意も経済上の制度設計には必要ですが、それでは今後の貧困地域の発展の中でいつまでたっても「先進国」と「貧困国」という枠組みが消えないのではと考えています。助ける側と助けられる側という枠組み。

貧困にだっていろいろあって、BOPと呼ばれる貧困と、極度の貧困や紛争、難民、災害による貧困は支援の仕方や指標も違うでしょう。その違いを理解することが出資者には必要だし、それを理解させること、その意識を啓発することが、社会的なお金の流れを作るに当たって企業やNPOには必要なのかと思っています。


考察の部分は相変わらずまとまりませんが、なんか最近はまとまらないのも型にはまらずに議論ができて好きになってきました。カオスとガイア。無秩序が生み出す秩序。使い方は違います笑

「貧困のない世界を創る」は非常にお勧めです。グラミンダノンが生まれるまでの経緯も面白いのですが、何よりもソーシャルビジネスとこうしたソーシャルストックマーケットの構想の話が先見的です。先日のダボス会議でお話されていた構想が本の中で語られています。

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